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む~らんさんの家長野県長野市

vol.1 一緒に暮らそう

一緒に暮らそう

「入院が必要なの…」。2006年の真夏のある日、む~らん妻の母から、一本の電話がありました。これが、家づくりのきっかけでした。
む~らん家から4kmほど離れたところに、母の家はあります。小さな古い家です。1階が店舗、2階が住居になっていて、母が商売をしています。

この家には、住む人を苦しめる問題がありました。それは…。

冬はとても寒く、夏はとても暑い家ということです。生活動線が整理されていないため、膝が痛いときでも毎日何十回も階段を上り下りする必要があります。 階段は急で、母は何度か階段から落ちていました。水回りも古く不便です。 この家は、40代のむ~らん夫婦でさえ「暮らしにくい」と感じる家なのです。 おまけに母は病気で入院です。 生来頑丈な体が取り柄でしたが、やはり肉体は年相応になってきました。 しかも病気で体調がくずれたせいか、生活に不安がつのるようです。病後のことも考えると、そろそろ、一人暮らしは限界かなぁ。

というわけで、落胆した母を慰めたい、母に安心して楽しい毎日を過ごしてほしい、母が一人暮らしを続けることは、 む~らん夫婦にとっても不安である、という考えにいたりました。

夫婦で話し合った結果、「一緒に暮らそう」と母に告げました。2006年8月1日のことでした。

同居にあたっての最重要事項は「家族3人が将来にわたって快適に暮らせる家にする」ということでした。 む~らん夫婦の現在の住まいには、母が暮らす場所的な余地がありません。 かといって、母の家の間取りではどうにも快適な暮らしができません。 リフォームするにしても、大規模改修が必要で、それに耐えられるような立派な構造ではありません。 賃貸物件の数が少ない地域です。建売住宅もほぼ無い地域です。結論として、幸せな住まいを手に入れるには、新築するしかない、ということになりました。

活動開始

商売を続けたいという母の意志を尊重して、母の家(店)の近くで土地探しを始めました。同時に、住宅展示場巡りもスタートしました。
「一刻も早く同居せねば…」と考えていたので、ハウスメーカーの短納期の家はとても魅力的でした。 ハウスメーカーの比較本を読んでみましたが、どのメーカーも同じに見えました。ですから、どのメーカーでも良いと思っていたのです。

土地探しを開始してしばらく経ちましたが、それにしても、土地がみつかりません。 「母の家から2km以内」という条件が厳しいのです。土地探しが難航し時間が経過していくうちに、いろいろな情報に接しました。 シックハウス、結露、集成材の剥離、25年寿命の短命住宅…。

いつの間にか「いい家って何だろう」と考えるようになりました。 せっかくの家づくりですし、終の棲家にするつもりですから、長持ちするエコな家、健康な家を建てたいと思いました。

2007年7月2日掲載